私が植物工場メーカーを始めた理由

最初は植物工場メーカーになる、LEDを自社製で作る、野菜流通企業を東京に作るなんて、一切考えていませんでした。

身の回りにある物、スマホ、タブレット、液晶テレビ、そして植物工場。
全て自分が子供の時には無かった物で、将来なりたい職業、将来やりたい仕事なんて考えない方が良いと思っている人です。

だから植物工場メーカーを始めたきっかけは、良い野菜を作りたいからだったと思います。どこから話せば良いのか迷いますが、ルーツを辿れば祖父の祖父。。。の事からなどになりかねないので、大幅に端折らせていただきます。

TV等に大阪では良く出ましたので、皆様はよくご存知だと思いますが、ホンダの自動車販売会社の所長を辞めて、最初は全く料理もできないのにシェフを雇って大阪の羽曳野市でイタリアンレストランを始めた事。

2001年、羽曳野時代のガレリア

その後現在の富田林市に移転し現在に至る事を前置きにします。

2006年、富田林に移転した当初のガレリア

私は自分を飽き性だと思うのですが、周囲からは「凝り性」だと思われていまして、レストランをしていると自然と最高の物を作りたい、お出ししたいと思ってしまいます。

最初に凝り出したのはピザに使う小麦粉です。
これもここでは行数の関係で詳しくは書きませんが、弊社経営のレストランのHPをご参考にください。

ガレリア|はるゆたかの石釜ナポリピッツァと植物工場
大阪の梅田と富田林にある稀少な北海道産小麦はるゆたかを使用した、こだわりの石釜ナポリピッツァのお店ガレリア。新鮮なバジルやハーブのため植物工場を自社開発。ランチやディナーだけでなくパーティーや2次会にもご利用ください

この小麦粉の事は私が主人公でテレビ放送された30分のドキュメント番組にもなりまして、私は北海道まで小麦を追い求めて行くのですが、そこで出会った北海道江別市のベテラン小麦生産者の “富永さん” はこの後にも登場しますので覚えておいてください。

出会った頃の富永さん

小麦粉への拘りは「はるゆたか」という小麦を安定供給してもらえる事になり、無事ゴールを迎える訳なのですが、その後、私の凝り性は止まらずお客様に最高の野菜をお出ししたいという形で展開します。

そこで富永さんに電話を掛けて聞きました。
「富永さん、大阪で農業をしたいと思うんですがどうしたらいいと思います?」
この時、富永さんは意外すぎる事を言います。

2009年の事でした。

(次回に続く)

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